今日気になったこと。

今日19日は【苗字の日】だそうで、読めない苗字ってありますよね。「私の苗字はめずらしい」とおっしゃっている方へ、一番ははんこがないというこではないでしょうか?一般のはんこやさんにはもちろんない。そんで特注で作成してもらう。すると「特注ですので」といって割高の費用を払ってします。仕方ないですよね。確かに。

でも日本人のたいがいの苗字のはんこをそろえているお店が福岡にあります。福岡市東区の【はんのひでしま】さんです。ここには無い方を探す方が難しいくらい日本中の苗字を網羅しています。
例えば「こうろぎ」さん。同じ読みでも興梠、興呂木、興侶、興捛、奥梠、奥呂木、神路祗とあるそうで、特に宮崎県に多いということで社長自らしらべてはんこを作ったそうです。TVにも多く出演されていますのでご存知の方も多いと思いますが、「うちのはんこは無いだろうね」と言う方々、ここにはあります。一度問い合わせてみるのはいかがでしょう。逆にここに無ければ日本中探しても無いと思いますよ。




沖縄のガマ荒しは少年たちだったということですが、いちばん驚いたのはここで【集団自決があった場所】を全く知らなかったことです。沖縄は第二次世界大戦中日本で唯一の地上戦のあった場所です。捕虜になって生き恥をさらすのなら死んだ方がいいという凄まじい極限状態だったのです。これを知らないっていうのは、私には理解しがたい。実際に経験をされた方々が話しをされるので響いてくることはよくあります。目の前で自分の大切なものが失われていく悲しさというか、虚無感というか、もし貴方の大切にしている親、子供、兄弟、姉妹、いとこ、叔父、叔母、親友、愛する人・・・・・が目の前で死んでいくのを直視できますか?という話です。死んでいくのが戦争なのです。今は核家族でなかなかそういう話を聞く機会も少なくなっているでしょうし、学校でしてくれるやろなど親が自ら話すことも少ないでしょう。

確かに、私の祖母も、父も、母もあまり戦時中のことは語ろうとはしません。「思い出したくない」と特に祖母は言ってました。朝倉市の隣に筑前町というところがあります。そこにはかつて特攻隊が出撃した太刀洗飛行場があった場所です。ここの太刀洗平和記念館があります。鹿児島の知覧にある記念館と同じように特攻前に母親への感謝を記した遺書が展示してあります。行かれた方も多いと思いますが、ここに来ると涙が止まらなくなるので私は正直行きたくないというのが本音です。私の祖母はこの太刀洗飛行場で看護師をしていたのです。8月15日にはその時の話をぼそっとしてくれたときがありました。

「特攻前日、みんなが飲んでいる時一人だけみんなとまじわらずに一人で飲んでいただんせいがいたのよ。私はその方には声をかけれなかった。何故かというとすごく悲しい目をしていて家族のことを思っていたのかもね。震えてたよ」

チビチリガマの件もそうです。荒らした少年たちが一番悪いのです。が、ここで集団自決があったことは知らなかったということです。史実としてきっちり教えておく必要はあると思います。何でもそうですが無知が一番怖い。情報を知っていると対応も出来る。教える方と学ぶ方が一致しないと一方通行ではどちらにもメリットはありません。罪を問うのはあたりまえですが、今後少年たちにはまず第二次世界大戦中の沖縄の歴史を教える方が先決だと思います。



 

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